2008/05/16

朝日カルチャーセンター 脳とこころを考える

朝日カルチャーセンター 脳とこころを考える

「脳と古典」第二回

第一回の林望さんとの対談を受けて、
さらに考察を進めていきます。

2008年5月16日(金)
18時30分〜20時30分

http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=21908&userflg=0 

5月 16, 2008 at 08:03 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

チームとしての連帯感

よく行くコンビニは、店長らしき
眼鏡をかけた細面の男の人がいて、
しばしば見かける学生バイトのような
人が二三人いる。

最近になって、眼鏡をかけた
おばさまが加わった。

先日飲み物を買いに行くと、
店長や、学生バイトや、おばさまが
たまたま勢揃いしていて、
「おお、オールスターキャストだ!」
とカンドーしてしまった。

人間の記憶における連想という
ものは不思議なもので、
買い物を済ませて
店の駐車場を歩いている流れの中で、
大学院時代にバイトで
塾講師をしていた時のことを
思い出した。

近郊にある大手予備校の
校舎。

校長のSさんは趣味人で、
いろいろと蘊蓄を傾ける
のが好きだった。

Oさんは予備校の先生を
しながら司法試験の勉強をしていた。

小説家志望のAさん、

学生運動をしていたというTさん。

講師室は多士済々で、最年少だった
私は、人生の先輩たちの話を
聞きながら社会についていろいろな
ことを学んでいたのではないかと
思う。

夏期講習の時などは、朝8時から
夜8時くらいまで授業を担当することが
あって、すっかり喉をからしてしまった。

講習時期は大変だったが、
その終わり頃、「打ち上げ」と
称して校長主催の飲み会が
あるのが楽しかった。

講師たちが勢揃いする。
ふだんは全員揃うことはないのだけれども、
その時ばかりは皆で語り合う。

「茂木さんは、将来一体何をするのですか」
Aさんが聞いてくる。

大学院生に、そんな展望など
あるはずがない。

そもそも、博士号を取れるかどうかも
わかっていない。

ボクが、博士論文の中核となる
非対称結合ネットワークの解析に使う
「グラフ変換法」を思いついたのは、
発表会の三ヶ月くらい前だったのだから。

予備校の講師というのは特に専任に
なると給料も良く、
立派な生活をしていたが、
それぞれ、司法試験とか小説とか、
どこかに行こうとしている人たちでも
あったから、
将来どうなるかわからない一介の
大学院生である私と、
そのような「胸のざわざわ感」
を共有していて、だからこその
「チーム」としての連帯感があった
のだろう。

コンビニでいつもはばらばらに
見る人たちが一度にいるのを
見て、昔予備校で抱いた
「チームとしての連帯感」を
思い出した。

Oさんは司法試験に合格したろうか。
それから、Aさんは、今でも大好きな
小説の話をしているのだろうか。

11月にワシントンで開かれる
Society for Neuroscience
(北米神経科学会)のabstractの
締め切りで、
研究室のメンバーと複数の
abstractを書いた。

「再配分ゲーム」「洞察問題解決に
おける閾下ヒントの役割」
「左右視野にまたがる同時性知覚」
「選好にもたらす感情的感染の影響」
「自己の確立における顔認識の機能」
「イミテーションゲームと鏡像変換」

コーヒーを飲みながら夜なべをする。

大学院の時に、バイトをしたり、
論文を読んだり、いかんともし難い
ことについて考えたり、
あの頃の夜なべと同じ、ずしりと
くる感触があった。

私たちは皆、不気味な沈黙を
保つ宇宙の真空の中に浮かぶ
地球号の乗組員であるのだなあ。

肩を寄せ合って生きているのだなあ。

Those engaged in fields of human activities based on the utility of natural languages do not know the ultimate justification of their activity. We are moved by works of art, inspired by the drama, thrilled by a piece of music. We do not know the origins of these experiences either. I was once in Madrid, and admired Picasso's Guernica. The serenity of its presence gave one a strong impression independent of the political and historical significance. I do not know where came all that phenomenal qualities of experience, either.
It is sometimes said that all philosophical writings are just footnotes to Plato (Alfred North Whitehead, in Process and Reality 1929) When the mind-brain problem is eventually solved, all musings and writings in the arts and humanities would become footnotes to the theory of the origin of phenomenal experiences, which still lurks in the darkness of human ignorance, in the brightness of hope for future enlightenments. ([46])

5月 16, 2008 at 07:58 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/15

感動する脳 11刷

茂木健一郎
『感動する脳』(PHP研究所)
は増刷(11刷、累計34000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所 小川充さんからの
メールです。

茂木健一郎先生

増刷のご連絡をさせて頂きます。
この度、『感動する脳』の11刷、2000部が決まりました。
これで累計3万4000部となりました。
ありがとうございます。


また、以前にメールにてお願いしたことですが、
実は、ひとつお願いのことがあります。
2003年にPHPエディターズ・グループから出版されました
先生監訳の本『脳はいかにして「神」を見るか』を
ぜひPHP文庫の一冊として発刊させていただきたく
願っております。

PHP文庫  小川充

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5月 15, 2008 at 08:57 午前 | | コメント (2) | トラックバック (0)

『すべては音楽から生まれる』17刷

PHP新書
茂木健一郎 『すべては音楽から生まれる』
は増刷(17刷、累計117000部)
が決定しました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の丹所千佳さんからの
メールです。

茂木健一郎先生

こんにちは。
いつもお世話になっております。
五月の薫風もどこへやらという気候ですが、
お元気でいらっしゃいますでしょうか。

さて、増刷のおしらせです。
『すべては音楽から生まれる』は、おかげさまで、
17刷が決定いたしました(累計117,000部です)。
感謝をこめまして、ここもとお伝えいたします。

今日は三島由紀夫の『音楽』からの引用をもちまして、
このメールを締めくくらせていただきます。

  そのときです、先生、どうしたことでしょう。
 突然、私は「音楽」をきいたのです。
 私の体の中に、あれほど憧れていた音楽を。
 音楽はすぐには絶えず、泉のように溢れて、
 私の乾き果てた内面を潤しました。
 耳ではありません、私の体で……、
 先生、こんな信じられないことがあるのでしょうか、
 ……私の体で、私はえもいわれぬ幸福感を以て、
 あの「音楽」をきいたのです。

追記:本日の宮島さんとのご対談、静聴できずに残念です!
きっととても濃いお話になるのだろうなと思いを馳せております。

PHP研究所 新書出版部
丹所千佳

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5月 15, 2008 at 08:54 午前 | | コメント (0) | トラックバック (1)

共存させ、活き活きとした

早稲田大学国際教養学部の
授業は、
脳とコンピュータの違いについて
考えた。

まずは、ヒルベルトが夢見た
「すべての数学を形式化する」
という計画を紹介。

ラッセルとホワイトヘッドは
「プリンキピア・マゼマティカ」
でヒルベルトの計画を実行しようと
試みる中で、「ラッセルのパラドックス」
のような困難に出会う。

「自分自身を含まないような全ての
集合の集合」といった自己言及を
含む表現は特殊なもので、ナンセンス
であるように思われる。
しかし、問題は、形式主義に依拠して
何の制限もなく操作した場合、
そのような矛盾が生じることが
避けられないという点にあった。

続いて、ゲーデルの「不完全性定理」
を紹介。

ここまで準備した上で、
サールの『中国語の部屋』
の議論を紹介して、「理解する」
ということについて考えた。

授業は、英語。
しかし、そこまで英語が
得意ではない学生と、
せっかく日本に留学している
外国からの学生のために、
時折日本語のセンテンスを挟み込む。

ソニー本社で、所眞理雄さんと
お話しする。田谷文彦クンも
同席。

研究の方向性などについて有意義な
お話をすることができた。

横浜FMで、黛まどかさんと
藤田優一さんの番組
KANAGAWA MORNING CAFE 
におじゃまする。

黛まどかさんに最初にお目にかかったのは、
京都造形芸術大学でのシンポジウムの時。

俳句という日本の芸術の本質について、
現代的な文脈を引き受けつつ、
マジメに、まっすぐに情熱を
持って進んでいる姿に
感銘を受けたのである。


黛まどかさんと。FM横浜で。
(photo by Atsushi Sasaki)

東京駅近く、八重洲ブックセンターにて
宮島達男さんの新著
『Art in You』 の刊行記念トークショウ。

水戸芸術館で開かれていた宮島達男さんの
美術展Art in You展に出品された
HOTOは、宮島さんのこれまでの
表現活動の一つの到達点であり、
また、現代美術が置かれている
水域を一変させる力を持った
歴史的な作品だと思う。

そのHOTOを中心とする
宮島さんの作品を集めた
この本は、宮島さんの力のこもった
テクストとともに、忘れられない
感触がある。

私たちは、現代社会の中で、
世俗的な文脈の中で一生懸命がんばって
いる。

商業主義は、どんな分野で活動する
人にとっても、無視することので
できない「友だち」。

しかし、商業主義という「友だち」
だけだと、人間としての生き方が
「全体的」にならない。

同時に、生や死や、魂のことを
思う、「聖なる」領域を確保
しなければならない。

商業主義と、聖なる領域と。
どのようにしてそれらの
異なるものを共存させ、
活き活きとした命の動きを引き出すか。

今回の展覧会をキュレーションした
水戸芸術館の森司さんの巧みな司会も
あって、宮島達男さんとの対話は、
永く記憶に残る深い
感触を残すものとなった。

HOTOを生み出して
現代の私たちの前に提示下さった
宮島達男さんに心から感謝する。


宮島達男さんと。対話の前の控え室にて。
(photo by Atsushi Sasaki)

It is sometimes argued that the nature of consciousness needs to be considered essentially within the social context. Horace Barlow (ref) argues that the functional significance of consciousness is to be able to reflect on one's internal state, so that it could be reported and communicated to others. Given the fact that solipsism does not lead to any significant advantage in terms of the interaction with others in society or with the environment, delving into the social significance of conscious experience seems to be a logical step forward.
The ability to reflect on one's mind and share it with others is closely related to the general metacognitive abilities that function independent of the social context, if necessary. The very generation of individual quale in one's phenomenal mind is dependent on the basic metacognitive process. It is thus not possible to separate cognition as it pertains to self-oriented reflections or socially contexted functionalities. Even solipsism is tailored in the social context. ([45])

5月 15, 2008 at 08:51 午前 | | コメント (9) | トラックバック (6)

2008/05/14

『ペンローズの〈量子脳〉理論』3刷

Roger Penrose、竹内薫、茂木健一郎著
『ペンローズの〈量子脳〉理論』
(ちくま学芸文庫)は3刷(累計9000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

筑摩書房の大山悦子さんから
いただいたメールです。

茂木健一郎先生

重版のお知らせです。
『ペンローズの〈量子脳〉理論』
の3刷を刷らせていただきたく存じます。

ところで、学芸文庫版のための
『脳とクオリア』のお手入れはいかがですか?
お忙しいご様子をブログで拝見しております。
どうぞ、少し時間をとっていただき、
お進めいただきますよう、
よろしくお願い申し上げます。

筑摩書房 大山悦子

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5月 14, 2008 at 08:22 午前 | | コメント (1) | トラックバック (1)

『脳を活かす勉強法』 23刷

茂木健一郎
『脳を活かす勉強法』 
PHP研究所
は、重版(23刷、累計48万6000部)
が決まりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の木南勇二さんから
のメールです。

茂木健一郎先生

お世話になります。

『脳を活かす勉強法』は23刷、
1万5,000部が増刷となりまして
累計48万6,000部となりました。
誠にありがとうございます!

勉強は、楽しい!と一人でも多くの人に思えてもらえたら
編集者冥利につきます!

50万部突破!もうすぐです。
初版部数を1万から1万2千部にしてくれと
弊社の営業に言っていた約半年前が懐かしいです。
是非、打ち上げをいたしましょう!


PHP 木南拝

http://www.php.co.jp/bookstore/detail.php?isbn=978-4-569-69679-9

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5月 14, 2008 at 08:16 午前 | | コメント (1) | トラックバック (1)

加藤はぜんぜん似ていないじゃないか!

再びソニーコンピュータサイエンス研究所にて、
脳研究グループの議論。

加藤未希の実験パラダイムについて、
subliminal, supraliminalの関係という
視点から話し合う。

加藤と議論していたら、
となりで関根崇泰が何かを
描いている気配がする。

見上げると、また例によって
イラストをホワイトボードに
したためている。


関根崇泰クン。

「お前の描くイラストはさあ、
オレは全然に似ていない! と思うんだけど、
ブログを見た人は皆似ているとか
いうんだよなあ。」

関根がヘヘヘと笑う。

加藤との議論はまだまだ続く。
再び振り返ると、今度は関根は
自画像を描いていた。

関根のあだ名は「かものはし」
である。

先日、Nature誌に、カモノハシの
遺伝子解析の論文が出たと
朝日新聞の
「爬虫類+鳥類+哺乳類=カモノハシ?」という
記事に紹介されていたが、
関根は今度のjournal clubでこの論文を
やるらしい。

ふたたび顔を上げると、
今度は、二人の人間が描かれていた。

「これは、誰だ!」

近くにいた箆伊智充が、「茂木さんと
加藤さんが議論しているところじゃないですか」
と言った。

「加藤はぜんぜん似ていないじゃないか!」
と叫んでから、シマッタと思った。
自分の方は似ていると認めていることになる。

続いて、星野英一の
空間記憶、オブジェクト記憶の
実験について、その内容を詰める。

星野の発想はちょっとぶっ飛んでいて、
彼が何を考えているのか、
デコードするのにしばらく時間がかかる。

バイトに行かなければならないという
星野が研究所を出るぎりぎりの
タイミングまで議論した。

なるほど。記憶そのものというよりも、
記憶が身体運動に結びつく、
そのプロセスを問うているのだと
わかった。


星野英一クン。

須藤珠水が、イミテーションにおける
鏡像戦略とローテーション戦略の
区別についての実験計画をもってくる。

とてもよく練り上げられていて、
コントロールもしっかりしており、
自作の実験装置も作られていて、
こちらは即オーケー。

そうこうしているうちに、
箆伊智充が黒板に何か描き始める。


箆伊智充クン

箆伊が取り組んでいる同時性の知覚について、
新しい実験のアイデアを考えついた
のだという。

左視野、右視野、左半球、右半球の
関係について、面白い視点を
含んでいる。

須藤珠水も加わって議論。


ヘライくんと須藤さん

関根崇泰が、新しいゲーム(redistribution game)を考えてきた。
一言聞いて、「それはいいね!」
と思う。

ずっと室内にいたので、
外の空気が吸いたい。

研究所の横のオープンスペースに
二人で歩いていき、議論を続ける。

かものはし、なかなか冴えているゾ!

関根が加藤のsubliminal, supraliminalに
ついて提案したパラダイムも
とても良かった。

研究所を出る。

プロデューサーの笹生八穂子さん、
ニューヨーク在住の黒部さん、
アーティストの長谷川さんと会食。

映画の話、日米の違い、
その他いろいろな話が出て
とても面白かった。

笹生さんは、仕事で世界中を
飛び回っていて、
ドバイや、バリの不思議な話を
聞く。

世界のどこでも成り立つ、普遍的に
人間的なものを志向するという課題を、
いつも心に抱いて。

The arguments about the neural correlates of consciousness (NCC) tends to be focused on the level of neural firings (action potentials). This is to be justified from the connectionist point of view. However, it should be noted that the connectionist model is only a shorthand for the actual physical processes in the biological brain. The physical basis of the origin of consciousness is likely to lead us all the way down to the movement of molecules in the cell, the constituent elementary particles, and finally to the zitterbewegung. There is no a priori reason why a particular scale of description should be regarded relevant for the problem of mentality.
The complete clarification of the materialistic basis of consciousness, therefore, is expected to be a complicated one. Before a sufficiently detailed description of the physical correlates is to be given, a solution of the mind-brain problem at the conceptual level should be provided, in which an account is given for the enigma why conscious experience should exist in the first place. ([44])

5月 14, 2008 at 08:12 午前 | | コメント (8) | トラックバック (3)

2008/05/13

プロフェッショナル 堤幸彦

プロフェッショナル 仕事の流儀

気負わず、おごらず、立ち止まらず

~ 映画監督 演出家・堤 幸彦 ~

若き日のロックンロール・スピリットを
失わずに、大人として
立派な仕事をするということは、
一体、どういうことなのかあ!

この番組を見て、堤幸彦さんの
生き方に学ぼうではないか、
諸君!


NHK総合
2008年5月13日 22:00〜22:45

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事
絶対に譲れないものを1つ持て
〜映画監督 堤幸彦〜
(produced and written by 渡辺和博(日経BP))

5月 13, 2008 at 09:03 午前 | | コメント (4) | トラックバック (5)

Art in you うちなるアートを発見する

宮島達男 × 茂木健一郎
Art in you うちなるアートを発見する

2008年5月14日(水)19:00〜20:30

八重洲ブックセンター
本店8階ギャラリー

http://www.yaesu-book.co.jp/events/index.html#miyajima 

5月 13, 2008 at 08:59 午前 | | コメント (0) | トラックバック (1)

「脳」整理法 14刷

ちくま新書「脳」整理法
増刷(14刷、累計107000部)
が決定いたしました。

ご愛読に感謝いたします。

筑摩書房の増田健史さんからの
メールです。

筑摩書房の増田健史さんから
いただいたメールです。

茂木さま

過日はもろもろの厄介事をお引き受けいただき、ありがとうございました。

早速ながら、ご著『思考の補助線』および『「脳」整理法』の重版が決まりました。

『思考の補助線』については、第7刷として10,000部(累計75,000部)を、
『「脳」整理法』については、第14刷として5,000部(累計107,000部)を、
それぞれ増刷させていただきます。

なにがしか変更点がござい
ましたら、ご一報たまわるようお願い申し上げます。

月末、蔵前までご足労いただくことを楽しみにいたしております。

要用のみ、御礼旁々お伺いまでに。

増田健史


株式会社 筑摩書房 編集局 第2編集室
増田 健史(Takeshi Masuda)


増田健史氏

5月 13, 2008 at 08:58 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

『思考の補助線』7刷

ちくま新書 
茂木健一郎 『思考の補助線』は増刷(7刷、累計75000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

筑摩書房の増田健史さんから
いただいたメールです。

茂木さま

過日はもろもろの厄介事をお引き受けいただき、ありがとうございました。

早速ながら、ご著『思考の補助線』および『「脳」整理法』の重版が決まりました。

『思考の補助線』については、第7刷として10,000部(累計75,000部)を、
『「脳」整理法』については、第14刷として5,000部(累計107,000部)を、
それぞれ増刷させていただきます。

なにがしか変更点がござい
ましたら、ご一報たまわるようお願い申し上げます。

月末、蔵前までご足労いただくことを楽しみにいたしております。

要用のみ、御礼旁々お伺いまでに。

増田健史


株式会社 筑摩書房 編集局 第2編集室
増田 健史(Takeshi Masuda)


増田健史氏

5月 13, 2008 at 08:58 午前 | | コメント (1) | トラックバック (0)

英語だと思って、読まないでスルーしているんでしょ!

韓国に行く前に転んでハデに
突き指した
後遺症がまだ残っていて、
大分良くなってきたけれども、
それでも、変な力がかかるといたい。
左手にあまり
大きな荷重はかけられない。

そのせいで、ついつい、
椎名誠さんに前回お目にかかって
以来
せっかく築き上げてきた
「腕立て腹筋いっぱい」
という路線を維持するのがむずかしく
なった。

つい、自分の指にかかる負荷に
敏感になり、
へなちょこ腕立てになってしまうのだ。

それで、コーヒーを淹れたり、
ちょっと立ったりしたり
する時に、
シュッシュッシュッと
シャドウ・ボクシングをすることに
した。

最初の時、録画していた
『プロフェッショナル 仕事の流儀』
を見ながら45分間シャドウ・ボクシングを
していたら、
翌日、胸筋が痛くなった。

やった!

松岡修造さんから、普段使っていない
筋肉を使うと痛くなると聞いている。

それ以来、時々胸筋を痛くしている。

ソニーコンピュータサイエンス研究所で
学生たちと研究上の議論。

柳川透が最近考えていることを聞いた。

関根崇泰がSociety for Neuroscience Meeting
に出すアブストラクトの方向が決まった。

高川華瑠奈の実験のコンセプトを詰めた。

加藤未希の実験において、どのような
洞察課題を使うかを議論した。

日経サイエンス編集部。

地球温暖化についてさまざまな
研究をされている江守正多さんに
お話を聞く。

この問題についての国際的な
取り組みの現状が、とても
よくわかった。

そして、江守さんは、とても
素敵な人だった。

江守さん、本当にありがとうございました!

終了後、糸屋和恵さんのお気に入りの
中華料理屋で懇親会。

詫摩雅子さんが、「茂木さん、ブログ毎日
書かれて偉いですよね。」
という。

「習慣になれば、大したことありません。」

「いつも付けられている英語の詩も、
いいですよね。」

「あのねえ、詫摩さん、あれは、詩じゃ
ないの! 心脳問題について書いている本の
一部分を載せているんでしょう。もう!
あっ、英語だと思って、読まないで
スルーしているんでしょ!」

「ごにょごにょ。」

もっとも、当日
ぼけていたのは、詫摩さんだけではない。

いつも対談の場にいらっしゃる
あるヒトを、ボクは編集部の人ではないが、
なぜかそこにいる「謎の人」
だと思っていた。

「オチといいます。」

「あっ、すみません。最初に
名刺をいただいたときに、ちゃんと
見ていなかったんだと思います。」

「お茶くみの人か何かと
思っていたんじゃないですか?」

「いや、その、タクマさんとか、
イトヤさんとかとは、別カテゴリー
の人かと何となく思っていまして。」

(タクマさん、イトヤさん一緒に)
「茂木さん、いったい、それはどういう
ことですかあ〜」

越智泰子さんの名前は、日経サイエンス誌
の編集部クレジットのところに
ちゃんとあった。

「この前、茂木さんが
写真をブログに載せたとき、
私のことは編集部じゃないと思っていると
わかったんですよ。」

「あっ、あの、菊池さんがカメラ目線に
なっているやつですね。」

http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2008/04/post_9d3b.html 

神野幹雄さんが、豪快に笑った。

「日経サイエンス編集部」は活気がある。

日本の科学を元気にするために、
さらにがんばって欲しい!

皆さん、私は、中学生の時から
「日経サイエンス」を講読しています。

現代を生きる上で
必要不可欠な科学知識を身につけるために、
ぜひ定期購読をしませんか。
世界が広くなりますよ!

http://www.nikkei-science.com/subscription.html 

The argument about whether free will exists is an important one, and from the evolutionary point of view, is perhaps the only point that matters in considering the adaptive value of having conscious experience. The most essential watershed here is whether the free will is considered to be compatible or incompatible with the causal determinism. If it is compatible with causal determinism, then the problem of free will becomes one of illusion. Note that saying something is an illusion does not negate its epistemological or ontological significance. If the free will is to be held incompatible with causal determinism, then it must somehow find itself in the subtle gray zone between the deterministic world view and chaotic dynamics where no action has a significance at any rate. ([43])

5月 13, 2008 at 08:57 午前 | | コメント (7) | トラックバック (3)

2008/05/11

Meeting with Kim Peek

Meeting with Kim Peek

The Qualia Journal

11th May 2008

http://qualiajournal.blogspot.com/ 

5月 11, 2008 at 07:35 午後 | | コメント (4) | トラックバック (0)

芸術の普遍性

生まれて初めて
意識して聞いたクラッシックは
ベートーベンのピアノ・ソナタ
『月光』だった。

5歳くらいだったろうか。
家にあったレコードを
聴いたのである。

湖水の上に月光が降り注いでいる
ような第一楽章にも魅せられたが、
最も心を惹かれたのは、第二楽章だった。

燃え立つような明るさ。
華やかな花が揺れているような。
それでいて、どこかに
寂しさへの気配を秘めている。

あの時のジャケットも
はっきりと印象に残っていて、
明るい緑の中にピアニストの
横顔があったように思う。

最近、『月光』を聴き直すと、
よくできているなと思う。

20世紀の映画音楽に見られるような
ロマンティズムのムードを志向する
ベクトルの萌芽は
あるが、その傾向が行きすぎない。

生命というものはバランスが
肝要である。
古典として残るものは、
結局はバランスが良い。

気分が垂れ流しになっている
現代の多くの作品は、結局、生命から
遠ざかっている。

エイベックスの中島浩之さんから
メールを頂いた。

From:Hiroyuki Nakashima
To:Ken Mogi
Subject: 17日のタワーよろしくお願いします
Cc: avex 岩瀬

お疲れさまです。

クオリア日記にも載せていただいた甲斐もあって、
好調に動いているようです。


すべては音楽から生まれる (1) 脳とクラシック 

すべては音楽から生まれる (2) 脳とシューベルト 

すべては音楽から生まれる (3) 脳とモーツァルト 


近々に、3枚あわせてですが、1万枚は超えると
思いますので、超えたら、出版社のみなんさんが、
日記に乗っけてもらってるみたいに、転載しても
らえそうな、少しかしこまったメールをいたします。

17日 16:00からのタワーレコード渋谷店での
イヴェントよろしくお願いします。
インタビュアーは音楽ライターの片桐卓也さんです。

また、今ごろ言うのもなんなんですが、17日は、
僕はイヴェントにいないのであります。
明日から、ベルリンに行
き、戻りが19日となりますので、
大変申し訳ないし、残念なんですが中島は
当日不参加。茂木さんのアテンドは
岩瀬が責任もってやらせていただき
ますので、よろしくお願いします。

岩瀬からもメール等するかもしませんので、
よろしくお願いします。

エイベックス 中島

ふりかえって不思議なのは、
自分の内側にあるパッション(受難=情熱)
の質は、5歳の時に『月光』を
聴いていた時と、今いろいろな
人生の経験を積んだ時点で未来を
想う時で、それほど変わらない
ということである。

もちろん、盛り込まれる実質は
違う。

5歳の時の私の頭の中は、
ピンに刺した蝶や、わた飴や、
5円玉や、どろんこ団子で
できていた。

45歳の私の頭の中には、
クオリアや、締め切りや、
グラフ理論や、夕方に口にするビールの
最初の一杯がある。

かくも長きにわたって、
私の胸の中には、月光の第二楽章の
気分が時折甦る。

芸術の普遍性とは、
何と素晴らしいものなのだろう。

The cut in the interaction connected firings of neurons is to define the border between the self and non-self. Sensory qualia, which are generated by neural firings outside the border, is experienced as vivid and salient by the self and represent the status quo of the outside world. Intentional qualia, on the other hand, are generated by cluster of neural firings involving a cross over the border, giving a more abstract and interpretation and intentionality laden Vorstellung, concerned directly or indirectly with the sensory qualia. The nature of the phenomenology of all participating elements of cognition is to be ultimately determined by the geometrical properties of the simply connected graph of neural firings that gives rise to the self at one particular specious moment. ([42])

5月 11, 2008 at 09:33 午前 | | コメント (16) | トラックバック (8)

2008/05/10

そうだ、爆発するんだ!

玉川大学の大森隆司教授、
岡田浩之教授の研究室を中心とする
グループと、私たちの研究グループで
合同のワークショップを開催した。

玉川大学には脳科学研究所があり、
日本における有力な脳科学の研究拠点の
一つ。

塚田稔先生が、長年にわたって玉川における
脳研究を引っ張ってこられた。

前頭葉の専門家で、
「主体性」について鋭い
意見を持つ松元健二さんも
理化学研究所から移籍している。

脳科学研究所には、神経生理学の大家、
丹治順先生がいらっしゃる。

玉川学園前駅から
キャンパスへの道は緑にあふれ、
まるで公園のよう。

何回か来ているという野澤真一に
先導されて歩いていった。

プログラムは、須藤珠水と、
高橋英之さんが作ってくれた。

北海道大学から豊巻敦人さん、
元東大駒場の開一夫さんの
研究室で、今は慶応大学にいる
福島宏器さんも参加下さった。


大森隆司さんと、須藤珠水

-------------------------------------------
「コミュニケーションと意思決定」
5月9日(金) 13:00〜@玉川大学

13:00〜
恩蔵絢子
不確実性と感情

13:30〜
高橋英之
文脈依存の認知制御と社会性
-自閉症と表情認知からのperspective-

14:00〜
横山絢美
意図推定に基づく行動決定過程のモデル化とその評価

14:30〜
豊巻敦人 
意志決定の障害としての精神疾患の新しい理解

14:30〜14:45 
Short Discussion
14:45〜15:00
Break

15:00〜
石川哲朗
視覚的一発学習の探索行動による解析

15:30〜
福島宏器 
社会的認知の処理の多様性について

16:00〜
岡田浩之
コミュニケーションにおける非論理的推論の効用
-対称性および相互排他性を巡って-

16:30〜
Long discussion
(茂木さんの指定討論含む)


17:30〜打ち上げ@町田

-------------------------------------------

大変充実した時間で、
面白い話がたくさん聞けたし、
いろいろ考えることもできた。

須藤さん、高橋さん、ありがとう。


玉川大学との合同ワークショップの様子

終了後、発表した石川哲朗から
メールをもらった。

To: Ken Mogi
Subject: もう言い訳せずに、はやく爆発してみます
From: Tetsuo Ishikawa

茂木さん

昨日のワークショップ、すごく楽しかったです。

去年SfNで発表していたときも、
同じような気持ちになってたのを思い出しました。
発表前は、こんなのでいいんだろうか?という、
自信のなさばかりが先行してしまっていたのに、
いざ本番で、恥ずかしくなるくらいたどたどしい
説明にも関わらず、じっと聞いてもらえたら
そんなに悪くない内容だったのかなとやっと
思えてくる。今回もそんな感じでした。

始まる前に野澤君が、今回のワークショップは
アウェーじゃなくてホームだよねと言ってて、
今回は向こうも専門が同じだからホームだ
という趣旨の発言らしかったのですが。でも
発表してみた感想としては、全然アウェーな
気がしました。やっぱり、研究室内だけで
発表するのと、他の研究室と合同のときでは
温度がもう全然ちがって、異様な空気でした。

考えたこともないような質問が飛んできたり、
野澤君の言うホームだからこその、専門家による
厳しいご指摘をもらえたという見方もあるかな。
上手く答えられなかったところは、これからもっと
ちゃんと考えて詰めなきゃいけないです。

早く論文書けよ、という茂木さんの催促に
もういろいろ言い訳できなくなりました。
こんなに多くの人に面白がってもらえるなら、
論文を書かない理由がもうないですよね。
むしろこんなメール書いてる暇があったら
さっさと1文でもいいから書き始めろよ、と。

自分の研究は自分が一番楽しまないと
いけないのに、それができてなかった
というのが最大のネックだった気がします。
自分がやらないと、誰もやってくれないのに。
すっかり忘れてたけど、自分がやってたことって
結構面白かったんじゃなかったっけ、と
思い出させてくれて、さらに新しい方向性も
いろいろ教えてもらったり、気付かせてもらえたり、
という意味で、ワークショップで話させてもらえる
貴重な機会を戴けたことに深く感謝します。

“爆発”してみせます。

石川哲朗

石川くん、
そうだ、爆発するんだ!


石川哲朗。爆発5秒前。

ワークショップ終了後の懇親会に、
「おしらさま哲学者」
塩谷賢が来た。
さっそく岡田浩之さんや、豊巻敦人さん
と話し込んでいる。


塩谷賢。 岡田浩之さんと。


塩谷賢。 豊巻敦人さんと。後方に野澤真一が見える。

塩谷の髪の毛はだいぶ伸びていて、
チェックのシャツの上にかかって
一見清流のようにも見えた。

清流哲学者、清談す。

鮫島和行さんに久しぶりに会った。

昔、海馬の研究会でいろいろと
議論した。

「あんなことも、こんなことも
あったねえ。」
と懐かしむ。


(右から)鮫島和行さん、高橋英之さん

「結局、遠くを見ながら、
手元でできることをやっていくしか
ないんだよねえ。」

今度、鮫島クンの研究について
じっくりと聞いてみたい。

All conscious experience is supported by the simply connected network of neural activities in the brain. The makeup of the phenomenal experience, in which the "self" sees the red apple, hears the nightingale, smells the curry, would be generated as a "cut" in this connectivity. The difference between the sensory and intentional qualia thus correlates with the properties of connectivity adjacent to the hypothetical cut. ([41])

5月 10, 2008 at 10:43 午前 | | コメント (10) | トラックバック (4)

2008/05/09

『それでも脳はたくらむ』3刷

中公新書ラクレ
『それでも脳はたくらむ』
は増刷(3刷、累計36000部)
となりました。

ご愛読に感謝いたします。

中央公論新社 濱美穂さんからの
いただいたメールです。

茂木健一郎さま

ご無沙汰いたしております。
中央公論の濱です。
すっかり立夏というべきお天気になりました。
毎日いかがお過ごしでしょうか。

おかげさまで、中公新書ラクレの第3弾
『それでも脳はたくらむ』の3000部の
増刷が決まりましたので、
ご連絡いたしました。
3刷、累計3万6000部です。
ありがとうございました!

先日、メールでも機関銃をブッ放していた弊社の岡田健吾ですが、
珍しく風邪なぞひいて、すっかり声が出なくなりました。
それでも、どうしてもしゃべりたくてたまらないらしく、
休みなく、囁きトークを繰り広げています。執念ですね。
これが超絶的に通りの良い囁き声で、
いろいろな意味で「囁き千里」だなあと思った次第です。
ずっとこのままだと静かで良いのですが・・・。

中央公論 濱美穂

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5月 9, 2008 at 08:25 午前 | | コメント (0) | トラックバック (1)

『すべては音楽から生まれる』16刷

PHP新書
茂木健一郎 『すべては音楽から生まれる』
は増刷(16刷、累計11万部)
が決定しました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の丹所千佳さんからの
メールです。

茂木先生

こんばんは。

あらためて、増刷のおしらせです。
『すべては音楽から生まれる』は16刷が決定いたしました。
おかげさまで、累計11万部と相成りました。
ありがとうございます。

またお会いできるときを楽しみに。


——若やぐ五月のよろこびが
あけぼののように射しそめる、
全にして一なるものの思し召しで、
空も、天も、海も、地も。
(シューベルト「若々しき五月の生気」、喜多尾道冬訳)


PHP研究所 新書出版部
丹所千佳

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5月 9, 2008 at 08:22 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

脳を活かす勉強法 22刷

茂木健一郎
『脳を活かす勉強法』 
PHP研究所
は、重版(22刷、累計47万1000部)
が決まりました。

ご愛読に感謝いたします。

PHP研究所の木南勇二さんから
のメールです。

茂木健一郎先生

ラ・フォル・ジュルネでのご講演における質疑応答で、子どもさんに
「鶴の恩返し勉強法」のコツをやさしくアドバイスされていたのが
とても印象に残っております。ノートから目を離し、声を出す
だけではなく、基本の一心不乱さが大事なのだと痛感いたしました。

PHP 木南拝

http://www.php.co.jp/bookstore/detail.php?isbn=978-4-569-69679-9

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5月 9, 2008 at 08:19 午前 | | コメント (0) | トラックバック (0)

永遠の学生

私は理学部を出たあとに
法学部に学士入学して、
そのあと物理の大学院に戻ったから、
大学に計11年いた。

高校一年生の時に語学研修のために
一ヶ月お世話になったカナダの
ヴァンクーヴァーの
ホストファミリーのヴァーナに、
「ケン、あなたは永遠の学生ね」
とよくからかわれた。

Eternal student。


カナダに着いた初日にいきなり
人生ゲームをやって仲良くなった
ヴァーナの息子のランディーと
トレバーは、コンタクトレンズの
会社の世界的な営業幹部になっている。

ランディーやトレバーの仕事に
比べると、私の今やっていることが
果たして「実業」と言えるのか
どうか自信がない。

結局は、私は永遠の学生なのかも
しれぬと思う。

ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、
脳研究グループのミーティング。

田谷文彦が、イギリスに行って
Jon Driver、Horace Barlowなどと会って
来たので、その報告。

ボクは、Kim Peekと会って得た
インスピレーションをいささか
専門的な観点から論じた。

高川華瑠奈さんの実験条件に
ついていろいろと詰める。

NHKへ。

「プロフェッショナル 仕事の流儀」
の収録。

有吉伸人さんと第五食堂に行って、
カレーライスを食べた。

「新じゃが」が入っている。

イギリスにいるとき、
New Potatoがおいしくて
よく食べていた。

「今、ここ」に奔流のように
過去が押し寄せる。

すぐれた独学者(autodidact)に
なることを目指すべきと思う。

大学は、先生に会ったり、友人と
対話したりするという意味では
必要だが、独学のための
マテリアルは今インターネット上に
無限に存在し、
人は、その気になれば本当に
永遠の学生になることができる。

ボクは、一生ずっと独学者で
いることにしたよ、とヴァーナに
報告したい。

そうすれば、奔流のような過去を
呼び起こすことができるんだから。

収録が終わった後、
控え室の鏡に向かって
「お疲れさん」と言っていたら、
おもしろい顔を発見した。

下くちびるを突き出して、
ふーっとやると、
前髪がふわーっと
上がって、
その時の顔が間抜けで面白いのだ。

こんな顔は誰にも見せられない、
と思いながら、
おもしろいので、ふーっ、ふーっ
とやった。

それで、何かを引き受けて、
背中の方に
うっちゃることができたような
気がした。

The principle of interaction simultaneity describes the way psychological time is constructed from the physical time. It is tightly related to causality, just as in the manner the proper time in relativistic space-time is essential in maintaining the causality condition. The phenomenological space is also likely to be deduced from considerations of causality. Causality implies that time must proceed, and the space-time structure dictates the manner in which the entities interact and change. Given the central importance of causality, then, the manner in which the self experiences various qualia at a specious moment is also likely to be deduced somehow from considerations of causality, thus ultimately touching upon free will. ([40])

5月 9, 2008 at 08:16 午前 | | コメント (12) | トラックバック (3)

2008/05/08

夢燃やしの競争

早稲田大学国際教養学部での
授業。

 Deep Blue vs Kasparovの対戦の
意味をふりかえり、
 Allan Turingの歴史的な論文
A. M. Turing (1950) Computing Machinery
and Intelligence. Mind 49: 433-460.

を皆で読む。

赤毛のアン記念館・村岡花子文庫 
にて、Anne of Green Gables出版100周年
を記念して、
作家の梨木香歩さんと対談する。

村岡花子さんのお孫さんである
村岡恵理さん、村岡美枝さんが、
自筆原稿など、貴重な資料を
見せてくださった。

梨木香歩さん、村岡恵理さん、
村岡美枝さん、
ありがとうございました。

移動しながら、新潮社の
北本壮さんともろもろの相談。

恵比寿のアートギャラリー
「サイト」
にて行われている
杉原信幸の展覧会(『丸石座』)
を見る。

床の上に、丸石が置かれ、その
広がりの中央に苔に覆われた
列柱が円形に存在している。

石の表面に苔の質感が対峙し、
都会のビルの中にありながら、
紛れない大地の匂いを伝える。

床に横になって眺めると、
列柱のスケール感が変容した。

巨大な建造物のための
1/100スケールモデルのように。

作家自身にいろいろと聞いた。

「杉ちゃんさ、苔はどうやって定着
させてるの?」
「流木に、耐水性の接着剤でつけている。」
「水はときどきやっているの?」
「こうやって、一日に何回か、苔に
水をやっています。」

「そうか、じゃあ、列柱の回りの
石の色が変わっているのは、水のせいなんだ。」
「そうです。」

前日、杉原くんと吉増剛造さん、それに山形淑華
さんによるパフォーマンスが行われていた。

「パフォーマンスの時に流した映像が
いいから、今からかけます。」

丸石の由来する海岸と同じ場所で
撮られたフィルムを投影すると、
空間が一変した。

丸石に波が映り込み、回り込み、
乗りこえて再び引き、
千や万では数えきれぬほどのニュアンスの
広がりとなって、目の前で転回する。

杉原は、まるで自分自身も列柱になった
ように、暗がりの中に立っていた。

ギャラリーを運営しているのは、斎藤康さん。

「大変な作業ですよ。杉原くん、地道にやって
います。」
と斎藤さん。

「杉原は、パフォーマンスがいいでしょう。」

斎藤さんが、肯く。


「昨日のパフォーマンスでも、照明の調子が
どうだなどと言っている間は普通だったん
だけど、これでもうOKとなったら、
突然スイッチが入って、全然別の人格に
なってしまったんです。」

杉原は、列柱の間を動き回り、
いくつかの柱の「位置を移動」
させてしまったらしい。

「昨日のパフォーマンスの後では、
足がだいじょうぶかな、というくらい
ふくれていたんですが、今日は
治っているようですねえ。」
と斎藤さん。

もはや伝説となった、
2005年10月27日の東京芸術大学
キャンパスにおける杉原のパフォーマンス
『切り株と頭』 。

横浜のバンクアートで杉原がやった
パフォーマンスも忘れがたい。

これについては、
当時『文學界』に連載していた
「脳のなかの文学」で書いた。
単行本
『クオリア降臨』 
の中に収録されている。

_____

 ある時期から、私は、現代の文化はスカばっかりだ、と至るところで公言していた。
 ベストセラーにろくなものがないことはもちろん、批評家がほめるような文芸作品だって、後世に残る傑作だと胸を張れるのはごくわずかではないか。
 まともな美意識を持った人間にとって、「スカ」ばかりがのさばり、マスコミで喧伝される現代は、ちょうど空気が薄くなって段々呼吸が苦しくなって行くような、そんな生きにくさに満ちていやしないか。
 そんな気炎を吐いていた私に、ある日、東京芸術大学の油絵科の学生で、杉原信幸という男から「挑戦状」が来た。横浜で展覧会をやる。パフォーマンスをやる。つきましては、スカではないものをお見せするから是非ご足労願いたい、というのである。
 杉原は、「札付き」の男だった。美術家の川俣正さんと私が芸大の食堂でやったトーク・セッションに乱入して、川俣の最近の作品は気に入らない、と暴言を吐いて会場がメチャクチャになったことがある。小石川植物園で行われた展覧会のインスタレーションも、仲間たちと喧嘩をして一日で撤収してしまったと聞く。そのアブナイ男が一体どんなパフォーマンスをやるのか、ひょっとしたら勢いだけの作品なのではないか。あまり期待しないで横浜に出かけた。
 会場は、昔の銀行の建物をそのまま利用していて、広々とした吹き抜けの空間に、金庫の分厚い扉と巨大なハンドルが残されていた。
 最初の出し物は、いかにも今風の若者が、やぐらの上に、ビニル・シートを張り、ペインティングするというものだった。「皆さんご存じの、生きているということ自体が奇跡のような」アーティストだと紹介された。ビニル・シートの上に、赤、青、黄色、緑、などの様々な色が描き付けられていった。やぐらを囲んだ学生中心の若い観客は、その様子を好意的に見守っている。見る、見られるという関係における、あらかじめそうと決められたような甘い弛緩があった。あらかじめ張り巡らされた文脈があった。
 私はその出来試合の雰囲気に何だかうんざりして、精神のバランスを崩しそうになっているのが自分でもわかった。「くだらねえなあ」と叫びそうになったが、何とか自分の中の衝動を抑えつけた。
 その次に、杉原の番になった。突然、吹き抜けの二階から、「うぉーっ! うぉーっ!」と叫び声がして、白と黒の檄文がパラパラと舞い降りて来た。観客が走り寄って、一体何だろうと拾い上げた。
 一呼吸置いて、あらぬ方向から杉原がかけだしてきた。杉原は全裸で、腰に黒いテープを巻き付けているだけだった。吹き抜けに垂れ下がっていた、白地に黒の斑の巨大な布を引きずり下ろすと、それにくるまれて床の上で悶絶した。立ち上がると、布を腰の周りに黒テープで巻き付けて、スカートのようにした。それから、その10メートルはあろうという巨大なスカートを引きずって、会場の中を走り始めた。
 スカートの布が、会場の片隅に置いてあった屏風絵を巻き込んで、引き倒した。屏風絵は、そのままスカートに巻き込まれてずるずると床の上を引きずられていった。観客たちが、どっと逃げまどった。
 杉原は、入り口の上の踊り場に上がり、座り込んだ。長いスカートを垂らしたその姿は、草書体のシャチホコのようだった。そのシャチホコ姿で、うぉーっ! うぉーっ!と叫んだ。しばらくそうして坐っていたが、突然くるりと下に降りると、だっと夜の街に出ていってしまった。
 がやがやと後を追った観客たちに続いて、私も馬車道に出た。杉原は、交差点の歩道の角に坐り、長いスカートを扇のように歩道に広げ、眩いランプを点けて道を行き交う車に向かって、うぉーっ! うぉーっ! と叫び続けていた。杉原の黒い裸体が流れる光の川に挑むようなシルエットを見せ、通行人が何だろう、と立ち止まった。タクシーが、一台、杉原の近くに停まって、ハザードランプを点滅させた。
 このままでは警察が来るかもしれない、と思った頃、杉原は突然スカートを脱ぎ捨てると、全裸の腰に黒テープを巻き付けただけの姿で、馬車道とは直角の方向に振り返る素振りも見せずに疾走していった。
 杉原がその中に消えていった闇を見つめながら、私は久しぶりの興奮を味わっていた。檄文をまき散らした発端から、夜の街への疾走という結末まで、流れに淀みがなく、無駄がなかった。視覚的な効果も、よく考えられていた。スカートを引きずって巻き込んだ屏風絵は自分自身の作品であり、他の人の作品には触れていない点も良かった。
 疾走原始人のパフォーマンス、良かったぞ!
 杉原が戻ってきてからそう声をかけてやろうと思ってしばらく待っていたが、何となく会場にいる人々の様子に違和感を感じて、そのまますたすたと馬車道を歩いて帰ってしまった。

「スカ」の現代を抱きしめて 
ー茂木健一郎 『クオリア降臨』よりー
_____

芸大卒業後、どこのギャラリーにも
属さず、インディペント・アーティストと
してがんばっている杉原信幸よ、
青春を燃やせ。

オレも、形にならない、正体のわからぬ
夢をエネルギーとして燃えることに
ついては、まだまだ負けないぞ。

夢燃やしの競争だ!

If the supervenience of the phenomenal onto the physical is to correlate with the formulation of a cognitively relevant space-time structure of causality chains, one key question remains. Is the causality framework, as defined by the psychological time and space, independent from the original space-time structure that prescribes the most basic causality pattern? In the natural world, there are hierarchies involved in the complexity of interactions that finally contribute to the whole picture of the causal universe. In this hierarchy, however, it is not considered to be the case that causality structure at the macroscopic level is separate from that at the microscopic level. If the neural network in the brain, through a ubiquitous metacognitive mechanism, is to define a causality structure as is different from the basic physical one, that situation apparently violates one of the most fundamental assumptions about the nature of hierarchy of the causality chain. ([39])

5月 8, 2008 at 08:19 午前 | | コメント (13) | トラックバック (5)

2008/05/07

ザ・ベストハウス123

ザ・ベストハウス123

フジテレビ系列
2008年5月7日(水)21時〜21時54分

http://wwwz.fujitv.co.jp/123/index2.html


詳細

5月 7, 2008 at 06:55 午前 | | コメント (4) | トラックバック (0)

ぽんぽんと叩いてみる

天気が良いと、それだけで無条件に
人間の気分というものはよく
なるものである。

よく晴れた祝日の夜は、
NHKにて『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の打ち合わせ。

細田美和子さん、河瀬大作さん、
山口佐知子さん、
住吉美紀さん、有吉伸人さん。

何だか、久しぶりに会ったような、
夏休みの登校日のような不思議な
気持ち。

あれこれと話しているうちに、
ふと、10年後、20年後に
今この時を振り返ったらどんな風に
見えるのだろうと思った。

人間の意識というのは常に
「今、ここ」に没入している
ものであって、ただ、
時に、魂を込めて省察
するということがあって、
そんな折に、過去は、不思議な
亡霊のように立ち現れる。

思い出の中の「過去」の奇妙な
現れ方の中に、
マジックとワンダーの起源は
すべて含まれている。

小学校の夏休み、市内水泳大会の
練習のために毎日体育館に
通っていて、
昼休み、体育館でお弁当を食べている
時に、誰かがファンタの缶を
ふざけて振っていて、
それがプシュっと空いてしまい、
床の上でくるくると回りながら
泡立った。

あの時の「弾ける」ような感覚と、
同じ「今、ここ」の中に私はいる。

時間が進行してしまうという
因果性の不思議の中に、
すべては解消されていくのだ。

わははと笑いながら、横の有吉さんの
腕を、ぽんぽんと叩いた。

有吉さんの腕は、肉感的で、
叩き甲斐があった。

ぼくたちは、生きていることの
の感触を確かめるために、
時々「今、ここ」や「その昔」
をぽんぽんと叩いてみる。

Consciousness can thus be regarded as an evolutionarily constructed, cognitively relevant formula of causality. Causality can be deconstructed into several elements that support its procession. Namely, the "atoms" of interaction and the space-time structure in which these interactions take place. The construction of the "specious now" is highly non-trivial, in that a finite passage of physical time is transformed into an indivisible "moment" of the now. The construction of space, most notably that in vision, is also non-trivial in that yet unknown principles somehow give rise to phenomenal dimensions of extension, in which space the visual qualia are arranged. The crucial observation here is that causality as apparent in sensori-motor contingencies appears to be effectively conducted in this phenomenologically constructed space-time structure, naturally related to, but possibly independent of, the original physical space-time. The key question is thus how the space-time structure in which causality is defined is to be constructed in the first place. Tackling this "framework" problem would ultimately lead to the solution of such enigmas as the zombie question. ([38])

5月 7, 2008 at 06:52 午前 | | コメント (8) | トラックバック (2)